きしかたゆくすゑおぼしめされず よろづのことをなくなくちぎりのたまはすれど 来し方行く末思しめされず よろづのことを契りのたまはすれど 来し方行く末思し召されず 萬の事を契り宣わすれど 01-028

2021-04-13

この解釈も的外れが多い。「過去を振り返ること、将来を頼むこと」といった注があるが、それは辞書を引くに過ぎない。辞書の意味を文脈に合わせてどう解釈するか、そんな基本姿勢すら見受けられない。「思し召されず」が「契りのたまはすれ」に係ることを捉えれば、文意を把握することは容易であろう。あとさき考えずに桐壺更衣の気を引くために何でもかでも約束をした。では、その約束とは何か。明記はされていないが、桐壺更衣が一番喜ぶこと、「これまで準備してきた政治判断(第一皇子を東宮に据える考え)を棒にし、将来起こる政治不安も度外視し、光の君を東宮に据え、帝位を継がせよう」と約束した。倭相により、そういう判断が国を誤らせ、光源氏にとっても危険であることは、ある程度見通しているにも関わらず。あるいはそこまで確定的なことを言わなかったにしても、そうした含みを暗示させる、女御にし正妻や中宮にするとも言った口約束はしたであろう。これは何もこの時、急に口からでまかせを言ったのではなかろう。寝物語に何度となく二人の間では語られた事柄である。むろん、桐壺も帝もそれが現実化できるとは思っていない。しかし、それがふたりにしかできない愛のあかしなのだ。むろん、そんなことは一国の帝王として口にすべきことではない。口にした以上はそれを実現させることが求められる。帝が死んだ後まで、光源氏を心配し夢のお告げを行うのも、桐壺更衣との約束を果たすためだと、わたしは考える。この物語は、発した言葉に縛られてしまうという古代的世界(古事記に見られる神代記のような)を如実に見せてくれる。


いとにほひやかにうつくしげなる人の いたう面痩せて いとあはれとものを思ひしみながら 言に出でても聞こえやらず あるかなきかに消え入りつつものしたまふを 御覧ずるに 来し方行く末思し召されず よろづのことを泣く泣く契りのたまはすれど 御いらへもえ聞こえたまはず まみなどもいとたゆげにて いとどなよなよと我かの気色にて臥したれば いかさまにと思し召しまどはる

とても艶やかでかわいらしいお方が、ひどく面やせて、ああつらいと運命をしみじみ感じながらも、言葉に出して申し上げることもできず、生死もつかず消え入りそうにしていらっしゃるご様子をご覧になるにつけ、後先のわきまえもなく、どんな誓いをも涙ながらにお立てになるのでしたが、更衣はお返事を申し上げることもできず、目もとなども大層だるそうで、益々なよなよとして気を失いその場に崩れてしまわれたので、帝はどうなってしまわれるのだろうと御心を取り乱しておしまいでした。

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