やまがつのかきほあるとも 02-142

2020-02-16A:解釈を決定づける基幹語

「やまがつ」は女が自分を卑下して言った言葉とされるが、女が自分に見立てたのは「やまがつ」ではなく「垣ほ」である。娘である撫子が咲き出すの場所であるから、比喩として意味をなす。都会的洗練に欠けたやまが育ちのわたしである垣ほが「荒る」とは、手つかずのまま放置され経年変化した状態であるが、これは男に見放された状態を意味する。そう考えると、「垣ほ」は女性器を暗示し、この女の娼婦性を示す言葉である。「とも」は仮定。私のことはほったらかしでも。

2020-02-16A:解釈を決定づける基幹語

Posted by 管理者