ききはやすべきひと 聞きはやすべき人 02-106
「ききはやす」は「聞いて囃し立てる」の意味とし、対象は上人とされているが、「はやす」は「栄やす 映やす」(引き立てる)と、「囃す」(拍子をとって曲を盛り上げる)の意味をかけている。従って、その対象は、表面的には上人だろうが、左馬頭にあてつける意図が裏側にあることを見逃してはならない。上人本人のみで考えるならば、もう一曲所望したに過ぎず、「ひどくあざれかか」ることに結びつかない。普通、男女が歌を詠み交わす場合、紙に書いて交換するものである。しかし、ここでは男が詠いかけ、女がまた直接に詠み返している特殊な状況である。左馬頭の前で戯れ合っているに等しい。左馬頭に見られ、聞かれることで興奮を高めている。その二人の興奮を盛り立てる役が左馬頭なのだ。
菊を折りて 琴の音も月もえならぬ宿ながら つれなき人をひきやとめける 悪ろかめりなど言ひて 今ひと声 聞きはやすべき人のある時 手な残いたまひそなど いたくあざれかかれば
色の移ろった菊を折って、琴の音もよく月もさしこむ申し分ない宿なのですから、これまでつれない夫をひきとめて来たのでしょうね。どうやら分は悪そうに見えますなあ」などと言って、「もう一曲。聞いてよろこぶ人がある時に、弾き惜しみはなりませんぞ」などと、ひどく戯れかかったところ、