さはおもひつかし さはおもいつかし さは思ひつかし さは思いつかし 01-039
「そんなことだろうと思っていた」は、母の言葉が心と乖離していることを知っていたとの意味であり、小馬鹿にしているわけではない。「きっとそうなる(落馬する)と案じた」との解釈は預言者でもなければ意味をなさない。
むなしき御骸を見る見る なほおはするものと思ふがいとかひなければ 灰になりたまはむを見たてまつりて 今は亡き人とひたぶるに思ひなりなむと さかしうのたまひつれど 車よりも落ちぬべうまろびたまへば さは思ひつかしと 人びともてわづらひきこゆ
虚しくなった亡骸(なきがら)をこの目にしながらも、なおも生きていらっしゃるものと思うのは甲斐がないので、灰におなりになるのを見申し上げて、今は帰らぬ人ときっぱり思い切ろうと、心とは裏腹に気丈に挨拶なされたが、牛車より降りる際に転げ落ちそうにされたのを、そんなことだと思っていたと、人々は慰めようがなく持て余すのでした。