さかしう さかしく 賢しう 賢しく さかし 賢し 01-039
おおくの注釈が「利巧ぶって」と解釈するが、語り手は娘を亡くした母に同情こそすれ、非難がましいことをここで述べる必要はない。「けなげに」との解釈は文脈に沿うが「さかし」の意味から遠い。「しっかりとした口ぶりで」、「しっかりとした判断力や意志力を具えた様」、「冷静に」という解釈は、方向はよいが亡き更衣への悲しみとのギャップを説明しえていない。この「さかし」は、心情とは別の、しっかりとした、頭のみで作った、といったニュアンス。「いにしへの人のよしある」母の気位が体面を保つために無理にこしらえた挨拶言葉であり、心中は「同じ煙にのぼりなむ」である。「かけひき」参照。
むなしき御骸を見る見る なほおはするものと思ふがいとかひなければ 灰になりたまはむを見たてまつりて 今は亡き人とひたぶるに思ひなりなむと さかしうのたまひつれど 車よりも落ちぬべうまろびたまへば さは思ひつかしと 人びともてわづらひきこゆ
虚しくなった亡骸(なきがら)をこの目にしながらも、なおも生きていらっしゃるものと思うのは甲斐がないので、灰におなりになるのを見申し上げて、今は帰らぬ人ときっぱり思い切ろうと、心とは裏腹に気丈に挨拶なされたが、牛車より降りる際に転げ落ちそうにされたのを、そんなことだと思っていたと、人々は慰めようがなく持て余すのでした。