いづれの御時にか いづれのおほむときにか いずれのおんときにか いずれの御時にか 01-001

2021-04-13

この部分の解釈としてこれまで「いつの時代か」「定かでないが」という問いと答えが用意されてきたが、光源氏の父帝の在世であることは自明であり、「いつ」という問い立て自体成立しない。

西洋時間が導入される以前、「時」を考える際に外せないポイントがある。

一、時代区分とは天皇名のこと、両者はコインの表裏ゆえに切り離すことはできない。

二、在位中の天皇には固有名がない、譲位もしくは死亡の後に、院号や諡号という固有名が与えられる。

物語に先立ち、語り手が思案していたのは、「いつ」に対する答えではない。「いづれの帝の御代とお呼びすればよいのか」という「呼称」の問題である。フィクションなんだから、適当につければよさそうなものだが、物語には物語固有の論理があり時間がある。

三、物語は過去を現在の出来事として語る。

歴史は過去を過去として伝えるが、物語はまさに今動き出している。在位中の天皇は作中人物であっても、固有名では呼べない。

思いあぐねた結果、匿名のまま物語を進めようとの決意表明が、ここに現れている。「か」は疑問ではなく、反語である。「物語成功の隠し味」を参照。


いづれの御時にか 女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに いとやむごとなき際にはあらぬが すぐれて時めきたまふ ありけり

いづれの御代とも申しかねますが、女御更衣があまた宮仕えなさっているなかに、取り立てて高貴ではないお方が、今を時めき帝の寵愛をひと際お集めになっておられました。

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