03空蝉03 濡れる袖

2020-06-0203空蝉

空蝉 原文 かな 対訳 03章063/105

イ:や行の「い」/エ:や行の「え」

《やうやう目覚めて いとおぼえずあさましきに あきれたる気色にて》063
やうやう/め/さめ/て いと/おぼエ/ず/あさましき/に あきれ/たる/けしき/にて
次第に目が醒めてゆくと、まったく思いもよらぬあまりな出来事に、呆気にとられ、


《何の心深くいとほしき用意もなし》063
なに/の/こころふかく/いとほしき/ようい/も/なし
この場を避ける何の深い思慮も、君の良心に訴える何の心用いもない。


《世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは さればみたる方にて あえかにも思ひまどはず》064
よのなか/を/まだ/おもひ/しら/ぬ/ほど/より/は さればみ/たる/かた/にて あエか/に/も/おもひ/まどは/ず
男をまだ知らない生娘に比べれば男馴れした方で、今にも消え入りそうなほどうろたえることはない。


《我とも知らせじと思ほせど》065
われ/と/も/しらせ/じ/と/おぼせ/ど
君は相手の男が私であるとも知らせずじまいにしようとお考えながら、


《いかにしてかかることぞと 後に思ひめぐらさむも わがためには事にもあらねど》065
いかにして/かかる/こと/ぞ/と のち/に/おもひ/めぐらさ/む/も わが/ため/に/は/こと/に/も/あら/ね/ど
どうしてこういうことになったのか、後々女があれこれ思い巡らし真相を理解したところで、自分にとってさしたる大事でもないが、


《あのつらき人の あながちに名をつつむも さすがにいとほしければ》065
あの/つらき/ひと/の あながち/に/な/を/つつむ/も さすが/に/いとほしけれ/ば
あの冷たい女が世間の評判を気に病み自分との関係をひた隠しにするのも、さすがに心咎められる気がして、


《たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを いとよう言ひなしたまふ》
たびたび/の/おほむ-かたたがへ/に/ことつけ/たまひ/し/さま/を いと/よう/いひなし/たまふ
たびたびの御方違えに何度も会いたい旨を伝えておられたその折りの様子を、実にみごとに言い聞かせになる。


《たどらむ人は心得つべけれど》066
たどら/む/ひと/は/こころえ/つ/べけれ/ど
筋道立ててものごとを考える人であれば察しもつこうはずが、


《まだいと若き心地に さこそさし過ぎたるやうなれど えしも思ひ分かず》066
まだ/いと/わかき/ここち/に さ/こそ/さし-すぎ/たる/やう/なれ/ど え/しも/おもひ/わか/ず
まだたいそう若い心慮では、男馴れしてるぐらい年の割にもののわかった風であっても、どうしたって思い至りようがない。


《憎しとはなけれど》067
にくし/と/は/なけれ/ど
気にいらぬわけではないが、


《御心とまるべきゆゑもなき心地して なほかのうれたき人の心をいみじく思す》067
みこころ/とまる/べき/ゆゑ/も/なき/ここち/し/て なほ/かの/うれたき/ひと/の/こころ/を/いみじく/おぼす
情を注がずにおれない積極的理由もない気がして、薄情でもやはりあの癪な女の心根をひどく気になさる。


《いづくにはひ紛れて かたくなしと思ひゐたらむ》068
いづく/に/はひ-まぎれ/て かたくなし/と/おもひ/ゐ/たら/む
いったいどこぞに逃げ隠れて、思い込みのはげしい愚か者と思っておいでなのか、


《かく執念き人はありがたきものを》068
かく/しふねき/ひと/は/ありがたき/もの/を
これほど片意地な人はまずありはしない、


《と思すしも あやにくに 紛れがたう思ひ出でられたまふ》
と/おぼす/しも あやにく/に まぎれ/がたう/おもひいで/られ/たまふ
とお思いになるにつけても、何とも憎らしいことに、他に紛らせようがなく空蝉のことがつい思い出されてしまいになる。


《この人の なま心なく 若やかなるけはひもあはれなれば》069
この/ひと/の なま-こころ/なく わかやか/なる/けはひ/も/あはれ/なれ/ば
この人が色欲をむき出しにしない若々しい感じにも愛情をお感じなので、

《さすがに情け情けしく契りおかせたまふ》069
さすが/に/なさけなさけしく/ちぎり/おか/せ/たまふ
空蝉のことは思い出されてならないが、情愛こまやかに軒端荻をお抱きになる。


《人知りたることよりも かやうなるは あはれも添ふこととなむ 昔人も言ひける》070
ひと/しり/たる/こと/より/も かやう/なる/は あはれ/も/そふ/こと/と/なむ むかしびと/も/いひ/ける
「世間に知れた関係よりも、こうしたみそか事の方が恋しさも加わる関係だと、昔の人も言っている。


《あひ思ひたまへよ》070
あひ/おもひ/たまへ/よ
あなたもわたしのことを思って、お便りをくださいな。


《つつむことなきにしもあらねば 身ながら心にもえまかすまじくなむありける》070
つつむ/こと/なき/に/しも/あら/ね/ば み/ながら/こころ/に/も/え/まかす/まじく/なむ/あり/ける
世間をはばかる事柄がないでもない身なので、自分のことながら思うにまかせない点があるのです。


《また さるべき人びとも許されじかしと》070
また さるべき/ひとびと/も/ゆるさ/れ/じ/かし/と
それに、歴としたあなたのまわりの方々もお許しならないでしょうね、


《かねて胸いたくなむ 忘れで待ちたまへよなど》070
かねて/むね/いたく/なむ わすれ/で/まち/たまへ/よ/など
そう思うと今から胸が痛くて。忘れずに待ってなさいよ」などと、


《なほなほしく語らひたまふ》070
なほなほしく/かたらひ/たまふ
とってつけたようなことをお話になる。


《人の思ひはべらむことの恥づかしきになむ》071
ひと/の/おもひ/はべら/む/こと/の/はづかしき/に/なむ
「人がどう思いますことかと居たたまれなくて。


《え聞こえさすまじき とうらもなく言ふ》071
え/きこエ/さす/まじき と/うら/も/なく/いふ
とてもお便りでを差し上げられません」と、疑いもせずに言う。


《なべて 人に知らせばこそあらめ この小さき上人に伝へて聞こえむ》072
なべて ひと/に/しら/せ/ば/こそ/あら/め この/ちひさき/うへびと/に/つたへ/て/きこエ/む
「世間に広く知らせればそうでしょうが、この幼い殿上人に伝えてお手紙しましょう。


《気色なくもてなしたまへ など言ひおきて》072
けしき/なく/もてなし/たまへ など/いひおき/て
変に浮ついたりせず普段通りいるのですよ」などと言い残して、


《かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣を取りて出でたまひぬ》072
かの/ぬぎ/すべし/たる/と/みゆる/うすごろも/を/とり/て/いで/たまひ/ぬ
あの空蝉が脱ぎ落としたと思われる薄い衣を取って出て行かれた。


《小君近う臥したるを起こしたまへば》073
こぎみ/ちかう/ふし/たる/を/おこし/たまへ/ば
小君が近くで寝ているをのお起こしになると、


《うしろめたう思ひつつ寝ければ ふとおどろきぬ》073
うしろめたう/おもひ/つつ/ね/けれ/ば ふと/おどろき/ぬ
気がかりに思いつつ寝ていたので、すぐに目が醒めた。


《戸をやをら押し開くるに》074
と/を/やをら/おし/あくる/に
小君が妻戸をそっと押し開けると、


《老いたる御達の声にて あれは誰そとおどろおどろしく問ふ》074
おイ/たる/ごたち/の/こゑ/に/て あれ/は/たそ/と/おどろおどろしく/とふ
年をとった女房の声で、「そこにいるのは誰じゃ」と、人を脅すような大袈裟な声で聞く。


《わづらはしくて まろぞと答ふ》075
わづらはしく/て まろ/ぞ/と/いらふ
面倒なことになったぞと思い、「わたしだ」と答える。


《夜中に こは なぞ外歩かせたまふ》076
よなか/に こは なぞ/と/ありか/せ/たまふ
「夜中に、何として出歩きなさる」


《とさかしがりて 外ざまへ来》076
と/さかしがり/て とざま/へ/く
と、老女が要らぬ世話を焼いて、外の方へやってくる。


《いと憎くて あらず ここもとへ出づるぞとて 君を押し出でたてまつるに》077
いと/にくく/て あら/ず ここ/もと/へ/いづる/ぞ/とて きみ/を/おし/いで/たてまつる/に
本当に憎らしくて、「何でもない。戸口へ出るだけだ」と答え、君を外へ押し出し申し上げると、


《暁近き月隈なくさし出でて ふと人の影見えければ またおはするは 誰そと問ふ》077
あかつき/ちかき/つき/くまなく/さし-いで/て ふと/ひと/の/かげ/みエ/けれ/ば また/おはする/は たそ/と/とふ
暁近い月が四方をくまなく照らしだしており、ふと人の影が見えたので、老女は、「もひとりおいでだが、どなたじゃ」と問う。


《民部のおもとなめり けしうはあらぬおもとの丈だちかなと言ふ》078
みんぶ-の-おもと/な/めり おもと/の/たけだち/かな/と/いふ
「民部のおもとらしいわい。なかなか立派なおまえ様の背丈じゃこと」と、みずから答えを出す。


《丈高き人の常に笑はるるを言ふなりけり》079
たけ/たかき/ひと/の/つね/に/わらは/るる/を/いふ/なり/けり
背の高い人がいつも笑われているのを言うのであった。


《老人 これを連ねて歩きけると思ひて》080
おイ-びと これ/を/つらね/て/ありき/ける/と/おもひ/て
老女はこの女を連れて歩いていたのだと今になって気づき、


《今 ただ今立ちならびたまひなむ》080
いま ただいま/たちならび/たまひ/な/む
「今に、すぐにも背丈が並びましょう」


《と言ふ言ふ 我もこの戸より出でて来》080
と/いふ/いふ われ/も/この/と/より/いで/て/く
と言ひながら、自分もこの戸より出てくる。


《わびしければ えはた押し返さで 渡殿の口にかい添ひて隠れ立ちたまへれば》081
わびしけれ/ば え/はた/おしかへさ/で わたどの/の/くち/に/かい-そひ/て/かくれ/たち/たまへ/れ/ば
小君は困ってしまい、それでも老女を押し返すわけにもゆかずにいると、渡殿の戸口にぴたと身を寄せて君が隠れていらっしゃるところへ、


《このおもとさし寄りて》081
この/おもと/さし-より/て
この老女が迫って行って、


《おもとは 今宵は 上にやさぶらひたまひつる》081
おもと/は こよひ/は うへ/に/や/さぶらひ/たまひ/つる
「そなたは、今夜は上でお仕えなされたか。


《一昨日より腹を病みて いとわりなければ 下にはべりつるを》081
をととひ/より/はら/を/やみ/て いと/わりなけれ/ば しも/に/はべり/つる/を
おとといより腹を下して、なんともしようがのうて下にさがっておりましたに、


《人少ななりとて召ししかば 昨夜参う上りしかど》081
ひとずくな/なり/とて/めし/しか/ば よべ/まうのぼり/しか/ど
人少なだからとお召しで、昨夜はあがりましたが、


《なほえ堪ふまじくなむと憂ふ》081
なほ/え/たふ/まじく/なむ/と/うれふ
やはりがまんできそうになくて」とこぼす。


《答へも聞かで あな 腹々 今聞こえむ とて過ぎぬるに》082
いらへ/も/きか/で あな はら/はら いま/きこエ/むとて/すぎ/ぬる/に
答えも聞かずに「ああ、腹が腹が。また話そう」とて行ってしまったのにおよび、


《からうして出でたまふ》082
からうして/いで/たまふ
どうにか無事に君は館を後になさる。


《なほかかる歩きは軽々しくあやしかりけりと いよいよ思し懲りぬべし》083
なほ/かかる/ありき/は/かろがろしく/あやしかり/けり/と いよいよ/おぼし/こり/ぬ/べし
やはりこのような忍び歩きは軽はずみで危ういことだと、いよいよお懲こりになったに相違ない。


《小君 御車の後にて 二条院におはしましぬ》084
こぎみ みくるま/の/しり/にて にでう-の-ゐん/に/おはしまし/ぬ
小君をお車の後ろに従えて、君はご自邸である二条院にお帰りになった。


《ありさまのたまひて 幼かりけり とあはめたまひて》085
ありさま/のたまひ/て をさなかり/けり と/あはめ/たまひ/て
ことの仔細をおっしゃって、「稚拙だ」と小君の計画を非難なされ、


《かの人の心を爪弾きをしつつ恨みたまふ》085
かの/ひと/の/こころ/を/つまはじき/を/し/つつ/うらみ/たまふ
あの女のねじけた性根を爪弾きしてお恨みになる。


《いとほしうて ものもえ聞こえず》086
いとほしう/て もの/も/え/きこエ/ず
小君は申し訳なくて何も申し上げることができない。


《いと深う憎みたまふべかめれば 身も憂く思ひ果てぬ》087
いと/ふかう/にくみ/たまふ/べか/めれ/ば み/も/うく/おもひ/はて/ぬ
「とてもひどくお憎みようだから、この身も嫌でたまらなくなってしまった。


《などか よそにても なつかしき答へばかりはしたまふまじき》087
などか よそ/にて/も なつかしき/いらへ/ばかり/は/し/たまふ/まじき
どうして、直接逢わないにしても、慕わしく思わせる返事くらいなさってはいけなかろう。


《伊予介に劣りける身こそ》087
いよ-の-すけ/に/おとり/ける/み/こそ
伊予介に劣った身だからだめなのか」


《など 心づきなしと思ひてのたまふ》087
など こころづきなし/と/おもひ/て/のたまふ
などと、気にいらぬ女だと思っておっしゃる。


《ありつる小袿を さすがに 御衣の下に引き入れて 大殿籠もれり》088
ありつる/こうちき/を さすがに おほむ-ぞ/の/した/に/ひき-いれ/て おほとのごもれ/り
それでもさすがに先刻の小袿を、お召物の中へ引き入れて、お休みになられた。


《小君を御前に臥せて よろづに恨み かつは 語らひたまふ》089
こぎみ/を/おまへ/に/ふせ/て よろづ/に/うらみ かつ/は かたらひ/たまふ
小君をお側に寝かせて、これまでの計略のすべてにわたり恨んでは、またかわいがりなる。


《あこは らうたけれど つらきゆかりにこそ え思ひ果つまじけれ》090
あこ/は らうたけれ/ど つらき/ゆかり/に/こそ え/おもひ/はつ/まじけれ
「そちはかわいいが、情の薄い人のゆかりゆえ、愛しつづけはできなかろうね」


《とまめやかにのたまふを いとわびしと思ひたり》090
と/まめやか/に/のたまふ/を いと/わびし/と/おもひ/たり
と、真顔みたいにおっしゃるのを、とてもつらいと思った。


《しばしうち休みたまへど 寝られたまはず》091
しばし/うち-やすみ/たまへ/ど ね/られ/たまは/ず
しばらく臥せておられたが、お休みになれない。


《御硯急ぎ召して さしはへたる御文にはあらで》092
おほむ-すずり/いそぎ/めし/て さしはへ/たる/おほむ-ふみ/に/は/あら/で
御硯を急いでお召しになって、表だった用向きのお手紙ではなくて、


《畳紙に手習のやうに書きすさびたまふ》092
たたうがみ/に/てならひ/の/やう/に/かきすさび/たまふ
懐紙に手習いのように気慰みにお書きになる。


《空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしきかな》093
うつせみ/の/み/を/かへ/て/ける/こ/の/もと/に/なほ/ひとがら/の/なつかしき/かな
うつせみが羽化したように姿を変えて去って行った木の下で なお残された殻である記憶の中の人柄が慕われることだな


《と書きたまへるを 懐に引き入れて持たり》093
と/かき/たまへ/る/を ふところ/に/ひき-いれ/て/も/たり
とお書きになったのを、小君は懐に引き入れて持っておいた。


《かの人もいかに思ふらむと いとほしけれど》094
かの/ひと/も/いかに/おもふ/らむ/と いとほしけれ/ど
あの人もどう思っているだろうかと、その後便りを出さない軒端荻に対して申し訳なく思いながら、


《かたがた思ほしかへして 御ことつけもなし》094
かたがた/おもほし/かへし/て おほむ-ことつけ/も/なし
あれこれ考え直した挙句、人を介した伝言もなさらない。


《かの薄衣は 小袿のいとなつかしき人香に染めるを 身近くならして見ゐたまへり》095
かの/うすごろも/は こうちき/の/いと/なつかしき/ひとが/に/しめ/る/を み/ちかく/ならし/て/み/ゐ/たまへ/り
例の薄衣は、小袿としてとても慕わしい人の香りが染付いているのを、肌身に離さず側においていつもご覧になっておいでである。


《小君 かしこに行きたれば 姉君待ちつけて いみじくのたまふ》096
こぎみ かしこ/に/いき/たれ/ば あね-ぎみ/まちつけ/て いみじく/のたまふ
小君があちらに行ってみると、姉君が待ちかまえて、ひどいことをするとおっしゃる。


《あさましかりしに とかう紛らはしても》097
あさましかり/し/に とかう/まぎらはし/て/も
「あまりにひどいと思いながらも、表立たぬようどうにか誤魔化しはしたものの、


《人の思ひけむことさりどころなきに いとなむわりなき》097
ひと/の/おもひ/けむ/こと/さりどころ/なき/に いと/なむ/わりなき
女房たちが想像したであろう内容は避ける余地がなくて、なんとも困ったことだ。


《いとかう心幼きを かつはいかに思ほすらむ》097
いと/かう/こころをさなき/を かつ/は/いかに/おもほす/らむ
それにしても、まったくこうも心やりの未熟さを、どう思っておいでなのだろうか」


《とて 恥づかしめたまふ》097
とて はづかしめ/たまふ
と、相手にいたたまれない思いをおさせになる。


《左右に苦しう思へど かの御手習取り出でたり》098
ひだり/みぎ/に/くるしう/おもへ/ど かの/おほむ-てならひ/とりいで/たり
双方に対してつらいと思ったが、例の御手習いをとり出した。


《さすがに 取りて見たまふ》099
さすが/に とり/て/み/たまふ
避けてはいるもののさすがに、手紙を手にとってご覧になる。


《かのもぬけを いかに 伊勢をの海人のしほなれてや》100
かの/もぬけ/を いかに いせを/の/あま/の/しほ/なれ/て/や
あのもぬけの殻みたいに残しておいた薄衣をどうお感じだろう。伊勢の海人のように臭いが染みいていようか、


《など思ふもただならず いとよろづに乱れて》100
など/おもふ/も/ただ/なら/ず いと/よろづ/に/みだれ/て
などと想像するさえ平然としておられず、心は千々に乱れて。


《西の君も もの恥づかしき心地してわたりたまひにけり》101
にし-の-きみ/も もの-はづかしき/ここち/し/て/わたり/たまひ/に/けり
西の対の君も、ひどく恥ずかしい気がして、自室へと戻ってゆかれた。


《また知る人もなきことなれば 人知れずうちながめてゐたり》102
また/しる/ひと/も/なき/こと/なれ/ば ひと/しれ/ず/うち-ながめ/て/ゐ/たり
ほかに知る者もない一夜であったので、人知れずぼんやりとして過ごしている。


《小君の渡り歩くにつけても 胸のみ塞がれど 御消息もなし》103
こぎみ/の/わたり/ありく/に/つけ/て/も むね/のみ/ふたがれ/ど おほむ-せうそこ/も/なし
小君が渡り歩くのをみかけるにつけても、胸がふさがるばかりだが、君からのお便りはない。


《あさましと思ひ得る方もなくて されたる心に ものあはれなるべし》104
あさまし/と/おもひ/うる/かた/も/なく/て され/たる/こころ/に もの/あはれ/なる/べし
一夜のあそびだったとはひど過ぎると思う分別もなく、男馴れした心にはひどく情念がたぎるであろう。


《つれなき人も さこそしづむれ》105
つれなき/ひと/も さ/こそ/しづむれ
すげない人もそのように心を抑えてはいるが、


《いとあさはかにもあらぬ御気色を ありしながらのわが身ならばと 取り返すものならねど》105
いと/あさはか/に/も/あら/ぬ/みけしき/を ありし/ながら/の/わが/み/なら/ば/と とりかへす/もの/なら/ね/ど
まったく浮ついたものではないご愛情に対して、昔ながらの身であればと、とり返すせるものではないが、


《忍びがたければ この御畳紙の片つ方に》105
しのび/がたけれ/ば この/おほむ-たたうがみ/の/かたつかた/に
そう願いつつ、忍びがたく思われて、君の御懐紙の端の方に、


《空蝉の羽に置く露の木隠れて忍び忍びに濡るる袖かな》105
うつせみ/の/は/に/おく/つゆ/の/こがくれ/て/しのび/しのび/に/ぬるる/そで/かな
空蝉の羽におかれた露のように木陰に隠れ、人目をしのびで、涙に濡れる袖かな

2020-06-0203空蝉

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