03空蝉02 人違い

2020-06-0203空蝉

空蝉 原文 かな 対訳 02章037/062

イ:や行の「い」/エ:や行の「え」

《見たまふかぎりの人は うちとけたる世なく ひきつくろひ側めたるうはべをのみこそ見たまへ》037
み/たまふ/かぎり/の/ひと/は うちとけ/たる/よ/なく ひきつくろひ/そばめ/たる/うはべ/を/のみ/こそ/み/たまへ
君がお付き合いなさっている女性はみな、打ち解けて過ごす時がなく、つくろい立てたよそ行きの横顔ばかりご覧になっておいでだが、


《かくうちとけたる人のありさまかいま見などは まだしたまはざりつることなれば》037
かく/うちとけ/たる/ひと/の/ありさま/かいまみ/など/は まだ/し/たまは/ざり/つる/こと/なれ/ば
このように打ち解けた女の様を覗き見することなどは、これまでなされたためしのないことなので、


《何心もなうさやかなるはいとほしながら》037
なにごころ/も/なう/さやか/なる/は/いとほし/ながら
何の用心もなく丸見えになのは心苦しいことながら、


《久しう見たまはまほしきに 小君出で来る心地すれば やをら出でたまひぬ》037
ひさしう/み/たまは/まほしき/に こぎみ/いで/くる/ここち/すれ/ば やをら/いで/たまひ/ぬ
いつまでも見ていたいとお望みのところ、小君が出てくる感じがしたので、そっとその場をお立ちになった。


《渡殿の戸口に寄りゐたまへり》038
わたどの/の/とぐち/に/より/ゐ/たまへ/り
君は渡殿の戸口に寄りかかっておられる。


《いとかたじけなしと思ひて 例ならぬ人はべりて え近うも寄りはべらず》039
いと/かたじけなし/と/おもひ/て れい/なら/ぬ/ひと/はべり/て え/ちかう/も/より/はべら/ず
小君はまことに畏れ多いと思いながら、「いつもいない人がおられて、近寄ることもできません」


《さて 今宵もや帰してむとする いとあさましう からうこそあべけれとのたまへば》040
さて こよひ/も/や/かへし/て/む/と/する いと/あさましう からう/こそ/あ/べけれ/と/のたまへ/ば
「じゃあ、今夜もまた追いかえするつもりなの。あまりにひどい、酷なしうちだ」とおっしゃると、


《などてか あなたに帰りはべりなば たばかりはべりなむと聞こゆ》041
などて/か あなた/に/かへり/はべり/な/ば たばかり/はべり/な/む/と/きこゆ
「どうしてそのようにいたしましょう。その人が向こうへ戻られたら、何とかはかってみましょう」と申し上げる。


《さもなびかしつべき気色にこそはあらめ》042
さも/なびかし/つ/べき/けしき/に/こそ/は/あら/め
いかにもたやすくこちらの意に添わせられるという顔をしているが、どうだろう。


《童なれど ものの心ばへ 人の気色見つべくしづまれるをと思すなりけり》042
わらは/なれ/ど もの/の/こころばへ ひと/の/けしき/み/つ/べく/しづまれ/る/を/と おぼす/なり/けり
幼いながら事のなりゆきを見極め人の表情を読み取る、冷静さはあるのだがと、御憂慮はつづくのであった。


《碁打ち果てつるにやあらむ うちそよめく心地して 人びとあかるるけはひなどすなり》043
ご/うち/はて/つる/に/や/あら/む うち-そよめく/ここち/し/て ひとびと/あかるる/けはひ/など/す/なり
碁を打ち終わったのであろうか、さらさらと衣ずれの音がふとしたかと思うと、人々が散って行く気配がするようだ。


《若君はいづくにおはしますならむ この御格子は鎖してむとて 鳴らすなり》044
わか-ぎみ/は/いづく/に/おはします/なら/む この/みかうし/は/さし/て/む/とて なら/す/なり
「若君はどちらにおいででしょうか。この御格子を閉じますよ」と言って、ガタガタ格子を下ろす音がする。


《静まりぬなり 入りて さらば たばかれとのたまふ》045
しづまり/ぬ/なり いり/て さらば たばかれ/と/のたまふ
「寝静まったようだな。入っていって、言っていた通り、ことをはかれ」とおっしゃる。


《この子も いもうとの御心はたわむところなくまめだちたれば 言ひあはせむ方なくて》046
この/こ/も いもうと/の/みこころ/は/たわむ/ところ/なく/まめだち/たれ/ば いひ/あはせ/む/かた/なく/て
この子にしても、姉の御心はなびく気配がなく見るからにお堅い感じなので、話し合いの余地がなくて、


《人少なならむ折に入れたてまつらむと思ふなりけり》046
ひとずくな/なら/む/をり/に/いれ/たてまつら/む/と/おもふ/なり/けり
結局、人少なになった折りに君をお入れ申そうと思うのであった。


《紀伊守の妹もこなたにあるか 我にかいま見せさせよとのたまへど》047
き-の-かみ/の/いもうと/も/こなた/に/ある/か われ/に/かいまみ/せ/させ/よ/と/のたまへ/ど
「紀伊守の妹もこちらにいるのか。わたしに覗かせとくれ」とおっしゃるが、


《いかでか さははべらむ 格子には几帳添へてはべりと聞こゆ》047
いかでか さは/はべら/む かうし/に/は/きちやう/そへ/て/はべり/と/きこゆ
「どうしてそのようにいたせましょう。格子のすぐ後ろに几帳が添えてあるのですから」とお答えする。


《さかし されどもをかしく思せど 見つとは知らせじ いとほしと思して》048
さかし されども/をかしく/おぼせ/ど み/つ/と/は/しらせ/じ いとほし/と/おぼし/て
そうであろうな、けれどすでに見たのだからと軒端荻への興味をつのらせになるが、見たとは知らせまい、ほかの女に興味を移したことを、空蝉へ申し訳なくお感じになり、


《夜更くることの心もとなさをのたまふ》048
よ/ふくる/こと/の/こころもとなさ/を/のたまふ
夜更けにはどういうことになっていようかとご心配を口にされる。


《こたみは妻戸を叩きて入る 皆人びと静まり寝にけり》049
こたみ/は/つまど/を/たたき/て/いる みな/ひとびと/しづまり/ね/に/けり
小君は今度は妻戸を叩いて中へ入る。女房たちはみな静かに寝ていたようだ。


《この障子口に まろは寝たらむ 風吹きとほせとて 畳広げて臥す》050
この/さうじ-ぐち/に まろ/は/ね/たら/む かぜ/ふき/とほせ/とて たたみ/ひろげ/て/ふす
「この襖の入り口のとこで寝とこう。風が通るように戸を開けててよ」と、しとねをひろげて横になる。


《御達 東の廂にいとあまた寝たるべし》051
ごたち ひむがし/の/ひさし/に/いと/あまた/ね/たる/べし
女房たちは東の廂に大勢で寝ているらしい。


《戸放ちつる童もそなたに入りて臥しぬれば》052
と/はなち/つる/わらはべ/も/そなた/に/いり/て/ふし/ぬれ/ば
妻戸を開けておいてくれた女童(メノワラワ)も、そちらへ行って寝てしまったので、


《とばかり空寝して 灯明かき方に屏風を広げて 影ほのかなるに やをら入れたてまつる》052
とばかり/そらね/し/て ひ/あかき/かた/に/びやうぶ/を/ひろげ/て かげ/ほのか/なる/に やをら/いれ/たてまつる
しばらく寝たふりをした後、灯の明るい方に屏風を広げ、火影がほのかになったところに、そっと君を招じ入れてさしあげた。


《いかにぞ をこがましきこともこそと思すに》053
いかに/ぞ をこがましき/こと/も/こそ/と/おぼす/に
中の様子はどんなだろう。見つかってはみっともないことになると、ご心配なさるにつけ、


《いとつつましけれど 導くままに 母屋の几帳の帷子引き上げて いとやをら入りたまふとすれど》053
いと/つつましけれ/ど みちびく/まま/に もや/の/きちやう/の/かたびら/ひきあげ/て いと/やをら/いり/たまふ/と/すれ/ど
とても用心なさるが、小君の導くままに、母屋の几帳の帷子を巻き上げて、そっと静かに中へ入ろうとなさるが、


《皆静まれる夜の 御衣のけはひやはらかなるしも いとしるかりけり》053
みな/しづまれ/る/よ/の おほむ-ぞ/の/けはひ/やわらか/なる/しも いと/しるかり/けり
皆寝静まっておいでの夜のこと、君の召し物は当たりのやわらかい高貴な香りを発しており、それだけでも、闖入者は明らかであったのだ。


《女は さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど》054
をむな/は さ/こそ/わすれ/たまふ/を/うれしき/に/おもひ/なせ/ど
女は、あのように消息もないままお忘れなのをうれしいことと努めて思おうとしているが、

《あやしく夢のやうなることを 心に離るる折なきころにて》054
あやしく/ゆめ/の/やう/なる/こと/を こころ/に/はなるる/をり/なき/ころ/にて
理解を超えた夢のような逢瀬を、つかの間も心に離れる時のない頃であったので、


《心とけたる寝だに寝られずなむ 昼はながめ 夜は寝覚めがちなれば》054
こころ/とけ/たる/い/だに/ね/られ/ず/なむ ひる/は/ながめ よる/は/ねざめ-がち/なれ/ば
心やすらかな眠りさえ訪れず、昼は思いにふけり、夜は目覚めがちなため、


《春ならぬ木の芽も いとなく嘆かしきに》054
はる/なら/ぬ/このめ/も いとなく/なげかしき/に
春の木の芽ならぬこの目も休みなく嘆かわしい日々なのに、


《碁打ちつる君 今宵は こなたにと 今めかしくうち語らひて 寝にけり》054
ご/うち/つる/きみ こよひ/は こなた/に/と いまめかしく/うち-かたらひ/て ね/に/けり
碁を戦わせた女君は、今夜はこちらでと、陽気におしゃべりをして寝てしまった。


《若き人は 何心なくいとようまどろみたるべし》055
わかき/ひと/は なにごころなく/いと/よう/まどろみ/たる/べし
若い方は何の心配もなく、とてもぐっすりと眠っているようだ。


《かかるけはひの いと香ばしくうち匂ふに 顔をもたげたるに》056
かかる/けはひ/の いと/かうばしく/うち-にほふ/に かほ/を/もたげ/たる/に
あの、誰とすぐにわかる高貴な香りが、ふととてもかぐわしく匂いかかるので、頭をもちあげたところ、


《単衣うち掛けたる几帳の隙間に 暗けれど》056
ひとへ/うち-かけ/たる/きちやう/の/すきま/に くらけれ/ど
ひとへの帷子をうちかけた几帳の隙間より、暗いながら、


《うち身じろき寄るけはひ いとしるし》056
うち-みじろき/よる/けはひ いと/しるし
つかつかと人がにじり寄って来る気配が感じられ、女には誰れとすぐに知れる。


《あさましくおぼえて ともかくも思ひ分かれず》057
あさましく/おぼエ/て ともかくも/おもひ/わか/れ/ず
あまりのことに、何ともかとも思い分からず、


《やをら起き出でて 生絹なる単衣を一つ着て すべり出でにけり》057
やをら/おき/いで/て すずし/なる/ひとへ/を/ひとつ/き/て すべり/いで/に/けり
そっと起き直り、生絹(スズシ)の単衣を身にひとつ着て、すべるように母屋を抜け出した。


《君は入りたまひて ただひとり臥したるを心やすく思す》058
きみ/は/いり/たまひ/て ただ/ひとり/ふし/たる/を/こころやすく/おぼす
君はお入りになって、女がただひとり臥している様子にほっとなさる。


《床の下に二人ばかりぞ臥したる》059
ゆか/の/しも/に ふたり/ばかり/ぞ/ふし/たる
北廂にも二人ばかり女房が寝ている。


《衣を押しやりて寄りたまへるに》060
きぬ/を/おしやり/て/より/たまへ/る/に
上にかけている衾(フスマ)を押しのけて寄り添われると、


《ありしけはひよりは ものものしくおぼゆれど 思ほしうも寄らずかし》060
ありし/けはひ/より/は ものものしく/おぼゆれ/ど おもほしう/も/よら/ず/かし
以前の感じより柄が大きいような気になられるが、別人であるとは思いよられることもないのですね。


《いぎたなきさまなどぞ あやしく変はりて》061
いぎたなき/さま/など/ぞ あやしく/かはり/て
眠りこけている様子など、なぜかしらおも変わりして、


《やうやう見あらはしたまひて あさましく心やましけれど》061
やうやう/み/あらはし/たまひ/て あさましく/こころやましけれ/ど
しだいに正体がお分かりになって、なんて女だと空蝉に対して忌々しく苛立たれるが、


《人違へとたどりて見えむも をこがましく あやしと思ふべし》061
ひとたがへ/と/たどり/て/みエ/む/も をこがましく あやし/と/おもふ/べし
人違いであったと勘付いて、軒端荻からそう見られるのはみっともなく、人格を疑うであろうし、


《本意の人を尋ね寄らむも かばかり逃るる心あめれば かひなう をこにこそ思はめと思す》061
ほい/の/ひと/を/たづね/よら/む/も かばかり/のがるる/こころ/あ/めれ/ば かひなう をこ/に/こそ/おもは/め/と/おぼす
もともとの狙いである意中の人を尋ね当てようにも、こうまで逃れる気が強ければ、探し甲斐もなく、間抜けな男と思うであろうとお考えになる。


《かのをかしかりつる灯影ならば いかがはせむに思しなるも》062
かの/をかしかり/つる/ほかげ/なら/ば いかが/は/せ/む/に/おぼし/なる/も
これがあの火影の下で見た美しい女であれば、どうしようか、抱くよりほかにしようがないではないかというお気持ちになられるのも、


《悪ろき御心浅さなめりかし》062
わろき/みこころ/あささ/な/めり/かし
よくない浅慮でしょうね。

2020-06-0203空蝉

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