この二つのことを思 帚木08章05

2021-03-29

原文 読み 意味

この二つのことを思うたまへあはするに 若き時の心にだに なほさやうにもて出でたることは いとあやしく頼もしげなくおぼえはべりき 今より後はましてさのみなむ思ひたまへらるべき 御心のままに 折らば落ちぬべき萩の露 拾はば消えなむと見る玉笹の上の霰などの 艶にあえかなる好き好きしさのみこそ をかしく思さるらめ 今さりとも 七年あまりがほどに思し知りはべなむ なにがしがいやしき諌めにて 好きたわめらむ女に心おかせたまへ 過ちして 見む人のかたくななる名をも立てつべきものなりと戒む 中将 例のうなづく 君すこしかた笑みて さることとは思すべかめり いづ方につけても 人悪ろくはしたなかりける身物語かな とて うち笑ひおはさうず

02107/難易度:☆☆☆

この/ふたつ/の/こと/を/おもう/たまへ/あはする/に わかき/とき/の/こころ/に/だに なほ/さやう/に/もて-いで/たる/こと/は いと/あやしく/たのもしげなく/おぼエ/はべり/き いま/より/のち/は まして/さ/のみ/なむ/おもひ/たまへ/らる/べき みこころ/の/まま/に をら/ば/おち/ぬ/べき/はぎ/の/つゆ ひろは/ば/きエ/な/む/と/みる/たまざさ/の/うへ/の/あられ/など/の えん/に/あエか/なる/すきずきしさ/のみ/こそ をかしく/おぼさ/る/らめ いま/さりとも ななとせ/あまり/が/ほど/に/おぼし-しり/はべ/な/む なにがし/が/いやしき/いさめ/にて すき/たわめ/らむ/をむな/に/こころ/おか/せ/たまへ あやまち/し/て み/む/ひと/の/かたくな/なる/な/を/も/たて/つ/べき/もの/なり/と/いましむ ちゆうじやう れい/の/うなづく きみ/すこし/かた-ゑみ/て さる/こと/と/は/おぼす/べか/めり いづかた/に/つけ/て/も ひと/わろく/はしたなかり/ける/みものがたり/かな とて うち-わらひ/おはさうず

この二つの例を考えあわせてみまするに、若い時分の気持ちでさえやはりそのように出過ぎた真似は、とても危なっかしく頼もしからぬように思われたものです。今より後には、ましてそうとしか考えようがないでしょう。御心のままに手折ればこぼれ落ちてしまいそうな萩の上の露や、手にとれば消えてしまう笹の葉の上の霰のような、なまめかしくひ弱で色っぽい女性ばかりにご興味がおありでございましょうが、いまはそうでも七年あまりもたつうちにはきっとお分かりになっておられましょう。わたしごとき卑しい者のいさめに従い、男好きで浮気性の女には用心なさいませ。他の男と過ちを犯して、世話する夫こそ間抜けたものだと評判まで立てずにはおかないものです」といさめる。頭中将は例のごとくうなずく。光の君はすこしうす笑いを浮かべながらもそうではあろうがとお思いのようだ。「誰の身に起きたとしても外聞悪くみっともない身の上話だな」とおっしゃり、みな思わずお笑いになった。

大構造と係り受け

この二つのことを思うたまへあはするに 若き時の心にだに なほさやうにもて出でたることは いとあやしく頼もしげなくおぼえはべりき 今より後はましてさのみなむ思ひたまへらるべき 御心のままに 折らば落ちぬべき萩の露 拾はば消えなむと見る玉笹の上の霰などの 艶にあえかなる好き好きしさのみこそ をかしく思さるらめ 今さりとも 七年あまりがほどに思し知りはべなむ なにがしがいやしき諌めにて 好きたわめらむ女に心おかせたまへ 過ちして 見む人のかたくななる名をも立てつべきものなりと戒む 中将 例のうなづく 君すこしかた笑みて さることとは思すべかめり いづ方につけても 人悪ろくはしたなかりける身物語かな とて うち笑ひおはさうず

◇「あやしく」「頼もしげなく/並列)→「おぼえはべりき」

◇「見む人のかたくななる/AのB連体形、「の」は主格)→「名」

古語探訪

思うたまへあはする 02107

考え合わせる。

だに 02107

でさえ。若い時でさえそうなんだから、まして年を取った今は。

さやうに 02107

木枯の女のように。

もて出でたる 02107

「さし過ぐいたり」に同じ。

あやしく 02107

不自然、理解を超えている。形容詞の連用形+「おぼえ」:形容詞は「おぼえ」の内容(…と思われ)を表す。

今より後はまして 02107

「若き時の心だに」と呼応。

さのみ 02107

「さやうにもて出でたることはいとあやしく頼もしげなく」を受ける。

折らば落ちぬべき萩の露 02107

萩はそうでなくとも散りやすいのに、手折ろうとすると、その前に落ちてしまいそうな荻の上の露。薄幸の人である夕顔を暗示する。「あえかなる好き好きしさ」を象徴する。「折りて見ば落ちぞしぬべき秋萩の枝もたわわに置ける白露/古今集巻四秋・読人知らず)を引く。

拾はば消えなむと見る玉笹の上の霰 02107

拾い取ろうとすると消えてしまうように見える笹の上の霰。対句の関係から「艶」を象徴すると考えられる。元は漢詩のようだが不明。艶であり、掌中にいれながら、自分のものにはならなかった朧月夜を暗示する。

七年あまりがほど 02107

頭中将や光源氏よりも左馬頭は七歳上と注釈されるがあやしいと思う。左馬頭が「若き時の心だに」そう思ったのであり、七年間かけてこの達観を手に入れたわけではない。これは光源氏の七年後あたりを想定した発言と思われる。現在光源氏は十七歳。二十四歳頃のできごとで生涯に関わるとすれば、朱雀帝(光源氏の兄で弘徽殿の女御の息子である)の寵愛を一身に集めた朧月夜内侍(弘徽殿の女御の妹)との関係が発覚し、須磨流しに結びつくのが二十五歳の時。上の流れからすると、この事件と関わると読むのが自然であろう。

たわめ 02107

寄るとすぐ崩れかかるようななよなよした感じ。「玉笹」のイメージ。

心おかせ 02107

距離をおく、用心する。

過ちして 02107

女が他の男と浮気して。上人と浮気をした木枯の女の例を踏まえる。

見む人 02107

女が世話をしている相手である夫。木枯の女の例では左馬頭。

かたくな 02107

固く曲がってしまって直せないが原義。不体裁極まりない。「かかるすきごとどもを末の世にも聞きつたへて軽ろびたる名をや流さむと忍びたまへる隠ろへごとを/02001」と通底する。

立てつべきものなり 02107

「立て」は他動詞、きっと立てるに違いないものだ。

さることとは思すべかめり 02107

そうとはお思いになりながら。後に「ながら」など、でもねという否定のニュアンスが省略されている。

いづ方につけても 02107

これらのエピソードがどの人の身に起こった仮定しても。

人わろく 02107

人目が悪い。

はしたなかり 02107

ザマがない。

おはさうず 02107

(複数の貴人が)いらっしゃる。

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