鳥も鳴きぬ人びと起 帚木14章01

2021-05-14

原文 読み 意味

鳥も鳴きぬ 人びと起き出でて いといぎたなかりける夜かな 御車ひき出でよなど言ふなり 守も出で来て 女などの御方違へこそ 夜深く急がせたまふべきかはなど言ふもあり 君は またかやうのついであらむこともいとかたく さしはへてはいかでか 御文なども通はむことのいとわりなきを思すに いと胸いたし 奥の中将も出でて いと苦しがれば 許したまひても また引きとどめたまひつつ いかでか聞こゆべき 世に知らぬ御心のつらさもあはれも 浅からぬ世の思ひ出では さまざまめづらかなるべき例かなとて うち泣きたまふ気色 いとなまめきたり 鶏もしばしば鳴くに 心あわたたしくて
 つれなきを恨みも果てぬしののめにとりあへぬまでおどろかすらむ
女 身のありさまを思ふに いとつきなくまばゆき心地して めでたき御もてなしも何ともおぼえず 常はいとすくすくしく心づきなしと 思ひあなづる伊予の方の思ひやられて 夢にや見ゆらむと そら恐ろしくつつまし
 身の憂さを嘆くにあかで明くる夜はとり重ねてぞ音もなかれける

02128/難易度:☆☆☆

とり/も/なき/ぬ ひとびと/おきいで/て いと/いぎたなかり/ける/よ/かな みくるま/ひきいで/よ/など/いふ/なり かみ/も/いでき/て をむな/など/の/おほむ-かたたがへ/こそ よぶかく/いそが/せ/たまふ/べき/かは/など/いふ/も/あり きみ/は また/かやう/の/ついで/あら/む/こと/も/いと/かたく さしはえ/て/は/いかで/か おほむ-ふみ/など/も/かよは/む/こと/の/いと/わりなき/を/おぼす/に いと/むね/いたし おく/の/ちゆうじやう/も/いで/て いと/くるしがれ/ば ゆるし/たまひ/て/も また/ひき/とどめ/たまひ/つつ いかでか/きこゆ/べき よに/しら/ぬ/みこころ/の/つらさ/も/あはれ/も あさから/ぬ/よ/の/おもひいで/は さまざま/めづらか/なる/べき/ためし/かな/とて うち-なき/たまふ/けしき いと/なまめき/たり とり/も/しばしば/なく/に こころ/あわたたしく/て
 つれなき/を/うらみ/も/はて/ぬ/しののめ/に/とり/あへ/ぬ/まで/おどろかす/らむ
をむな み/の/ありさま/を/おもふ/に いと/つきなく/まばゆき/ここち/し/て めでたき/おほむ-もてなし/も/なに/と/も/おぼエ/ず つね/は/いと/すくすくしく/こころづきなし/と おもひ/あなづる/いよ/の/かた/の/おもひやら/れ/て ゆめ/に/や/みゆ/らむ/と そら-おそろしく/つつまし
 み/の/うさ/を/なげく/に/あか/で/あくる/よ/は/とり/かさね/て/ぞ/ね/も/なか/れ/ける

鳥も鳴いた。人々が起きだして、「ひどく寝ほうけた、夜だったな」「お車を引き出せ」などと言う声がする。紀伊守も出てきて、「女の方違えならともかく、夜の明けぬうちから急いでお帰りになるようがありましょうか」などと言う声もする。光の君は、再びこのような機会がおとずれることもまずなかろうし、まして表立って逢いになどどうして行けよう、手紙などもやりとりするのは、とてもじゃないができやしないとお思いになるにつけ、ひどく胸がふさがる。隣の奥で控えていた中将の君までが出てきて、早くととても気を揉むので、空蝉をお放しなるものの、またお引きとめになりながら、「どうかしてお手紙を差し上げたいものですが。世に類を知らぬあなたのつれなさも、わたしのこの想いの深さ思いも、浅からず味わった昨夜の思い出の数々は、どれもこれも先ずありそうにない経験でしたね」と、急にお泣き出しになられるご様子はとてもしっとりして美しい。鳥もしきりと鳴きだすので、心せかれて、
《あなたのつれなさにむけてまだまだ恨み言も言いたりないのに もはやしののめ時となって鳥たちまでが取るものも取り合えぬくらいに急き立てているようだ》
女はわが身の境遇をかえりみるに、まったく釣り合わず目を合わせることもはばかれる気がして、身にあまるほどすばらしい処遇に対しても何のらの思いも浮んでこず、いつもは堅苦しく愛情を感じられずにあなどっていた伊予介のことばかりが思いやられて、このことを夢に見ているのではないかとそら恐ろしくて縮こまる。
《この身のつたなを嘆いても嘆いてもことたりないうちに明けてしまった夜は わたしも鳥の鳴き声にかさねて声を立てて泣いたものです》

鳥も鳴きぬ 人びと起き出でて いといぎたなかりける夜かな 御車ひき出でよなど言ふなり 守も出で来て 女などの御方違へこそ 夜深く急がせたまふべきかはなど言ふもあり 君は またかやうのついであらむこともいとかたく さしはへてはいかでか 御文なども通はむことのいとわりなきを思すに いと胸いたし 奥の中将も出でて いと苦しがれば 許したまひても また引きとどめたまひつつ いかでか聞こゆべき 世に知らぬ御心のつらさもあはれも 浅からぬ世の思ひ出では さまざまめづらかなるべき例かなとて うち泣きたまふ気色 いとなまめきたり 鶏もしばしば鳴くに 心あわたたしくて
 つれなきを恨みも果てぬしののめにとりあへぬまでおどろかすらむ
女 身のありさまを思ふに いとつきなくまばゆき心地して めでたき御もてなしも何ともおぼえず 常はいとすくすくしく心づきなしと 思ひあなづる伊予の方の思ひやられて 夢にや見ゆらむと そら恐ろしくつつまし
 身の憂さを嘆くにあかで明くる夜はとり重ねてぞ音もなかれける

大構造と係り受け

古語探訪

「も」を頻出させ、AもBもCもと畳み掛け、次第に朝が賑わしくなってゆく様を描写し、光は帰りを急き立てられて再び逢う手立てがないことに焦燥し、空蝉は人に見られはしないかと気を揉む。

鳥 02277

鶏に限定する必要はない。朝に鳴く鳥すべてである。

いぎたない 02277

寝呆けたこと。

なり 02277

「言ふなり」の「なり」。そういう声がする。光たちの立場に身を置いている話者の耳にそれらの言葉が入ってきたこと。

守も出で来て女などの御方違へこそ夜深く急がせたまふべきかはなど言ふもあり 02278

「守」は紀伊守。自分の寝所から、光が逗留している寝殿にやって来た。この個所、発言者を紀伊守とする説と女などとする説がある。後者の説は、「守も出て来て」を「言ふもあり」にかけられないから、「女などの」を「言ふもあり」の主語にすべきと考える。しかし、「守も出て来て」は「言ふ」にかかり、「守も……言ふ」全体に対して「もあり」が受けるのである。この「も」は従者たちの話を「言ふなり」と受けたことに対して、紀伊の守も現れ言葉を発したとの意味である。紀伊守は、源氏を引きとめようとして、方違えに来たのが女たちなら、朝早く戻らないと人に見られて困るが、女ではないのだから、そう急いで戻られることもなかろうと言ったのである。

ついで 02128

機会。

さしはへて 02128

わざわざその目的で何かをすること。ここでは、何かの機会でなく、空蝉に逢うのを目的で来ること。それはできる話ではないので、せめて手紙をやりとりすることを考えるが、それもむずかしいというのが、「いとわりなき」。

奥の中将 02128

「奥」は母屋の北側と説明されているが疑問である。先に「奥の御座」という表現があった。これは空蝉の部屋である母屋の西部屋から見て、光の寝所に当てられた母屋の東部屋を指すのであった。あるいは「端つ方の御座」に対して「奥の御座」と考えてもよい。絶対的な建物の位置ではなくて、相対的な関係であり、主体のありかから見て、奥まった方と解釈するのが自然である。「暁に御迎へにものせよ」と光に言われて、中将の君は空蝉の部屋である隣部屋で控えていたのであるから、北ではなく方角からすれば西になる。もっとも、女房の身分であるから、空蝉に呼ばれない限り、独り寝する場合は、母屋でなく廂で寝るから、結果としては光のいる位置よりも建物の北側ということになる。諸注が北側とする根拠は、ここにあるのか、それとも奥と言えば建物の北側と決めてかかるのかはわからない。しかし、それは普段の場合であって、この場合は主人である空蝉が拉致されているのだ。隣とのあいを仕切る障子に張りつき、聞き耳を立て、空蝉のことを夜っぴいて心配していたはずだ。そうなると、結果としても建物の北側は間違っている。この場合の奥は意識から考えて方角では西である。

苦しがれ 02128

光とのことが人目についてはと気が気でない。

いかでか 02128

何とかして。

聞こゆ 02128

この場合、直接話せないのだから、手紙で気持ちを伝えるのである。

つらさ 02128

空蝉の薄情さ。

あはれ 02128

空蝉への光の愛情。

めづらかなる 02128

めったにない。

なまめき 02128

控えめな美しさ。

とりあへぬ 02128

「鳥」と何もとりあえずという表現をかけた。冒頭の「鳥も鳴きぬ」から「しばしば鳴く」に変化し、朝が次第に明けてゆく様子を伝える。

身のありさま 02128

かつては宮仕えを望んでいながら地方官の後妻という今の身の上。

つきなく 02128

光とつりあわない。

まばゆき 02128

まともに顔をむけられない居たたまれなさ。

めでたき御もてなし 02128

具体性に欠ける。光のような一級の貴族に言い寄られていること自体を指すのか、「おろかならず契り慰めたまふこと多かるべし/02127」の内容を指すのか不明である(語彙的には後者が無難であるが、文脈上は距離的に後者を指すと取りづらい)。

すくすくし 02128

気まじめ、無愛想。

心づきなし 02128

その対象に心がつかないということで、愛情がわかない。

伊予の方 02128

伊予介。紀伊守の父であり、空蝉の夫。

らむ 02128

「見ゆらむ」の「らむ」は現在推量。今の今、伊予介が光との不倫を夢に見ているのではないかとの心配。夢に見るのではないかという漠たる心配でなく、現実問題として恐れているのである。

あかで 02128

飽き足りないで。

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