父の大納言は亡くな 006 ★☆☆
父の大納言は亡くなりて母北の方なむいにしへの人のよしあるにて 原文 読み 意味 桐壺第1章06/源氏物語
父の大納言は亡くなりて 母北の方なむいにしへの人のよしあるにて 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり
ちち/の/だいなごん/は/なくなり/て はは/きたのかた/なむ/いにしへ/の/よし/ある/にて おや/うち-ぐし/さしあたり/て/よ/の/おぼエ/はなやか/なる/おほむ-かたがた/に/も/いたう/おとら/ず なにごと/の/ぎしき/を/も/もてなし/たまひ/けれ/ど とりたて/て/はかばかしき/うしろみ/し/なけれ/ば こと/ある/とき/は/なほ/よりどころ/なく/こころぼそげ/なり (※ エ:や行の「え」)
父の大納言はお亡くなりの中、母は家柄の古い教養豊かなお方で、二親そろった当節評判で勢い盛な女御方にもさほど見劣りすることなく、宮中の諸行事をもまかなっておいででしたが、娘には取り立てて力のある後ろ盾はなかったので、人生の大事が訪れた時にはやはり頼みとするあてはなく心細い様子でした。
係り受け&大構造(述部)
助詞に基づく構造分析
父の大納言は亡くなりて 母北の方なむいにしへの人のよしあるにて 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり
助詞:格助 接助 係助 副助 終助 間助 助動詞
- 父の大納言は亡くなりて→はかばかしき後見しなければ/「て」は父の死と後見のなさをつなぐ。その間に母のがんばりが入り込む。
- 母北の方なむ/主格→いにしへの人のよしある(にて)…もてなしたまひけれ(ど)
- いにしへの人のよしあるにて/並列…もてなしたまひけり
助動詞の用法&活用形
- に:断定・なり・連用形
- ず:打消・ず・連用形
- けれ:継続・けり・已然形
敬語の区別:御 たまふ
父の大納言は亡くなりて 母北の方なむいにしへの人のよしあるにて 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり
尊敬語 謙譲語 丁寧語
係り受け&大構造(ど…ば…拠り所なく心細げなり/三次)
〈父の大納言〉は亡くなりて @〈母北の方〉なむいにしへの人のよしあるにて 親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど@ 〈[桐壺更衣]〉とりたててはかばかしき〈後見〉しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり
〈主〉述:一朱二緑三青四橙五紫六水 [ ]: 補 /: 挿入 @・@・@・@:分岐
「父の大納言は亡くなりて」→「後見しなければ」
「母北の方なむ」/「いにしへの…よしあるにて」「親うち具し…もてなしなまひけれど」(並列):主語/述語
「(いにしへの)人のよしあるにて」:A「同格」のB連体形
「親うち具し」「(さしあたりて)世のおぼえはなやかなる」(並列)→「御方がた」
「御方がたにもいたう劣らず」→「もてなしなまひけれ」
桐壺 注釈 第1章06
亡くなりて 01-006
父大納言に対する述語はここで終わることを考えると敬語がないことになる。よってこの後に、「今はおられない」意味の述語が省略され、そこに本来敬語があったであろう。連用中止で、省略された述語にかかり、「母北の方」以下の句にはかからない。
よし 01-006
一流には満たない人たちの教養・文化水準をいう。一流の人たちに対しては「ゆゑ」が使われる。
親うち具し 01-006
両親が二人とも存命である、揃っている。
世のおぼえ 01-006
世間での評判。
御方がた 01-006
女御。
もてなし 01-006
費用を負担する。
はかばかしき 01-006
頼みがいのある。十分な資力・財力がある。
後見 01-006
世話をする人。
後見しなければ 01-006
「し」は強調の働き。
心細げなり 01-006
後見がいないことからくる将来不安。
物語の深部を支える重要語句へのアプローチ
大納言:踏み外し
大臣に次ぐ次官でトップクラスの貴族が独占する職務だが、大臣になれずに亡くなっていることを考えると、出世コースからは外れたことが読み取れる。
いにしへの人:幾重もの含意
家柄が古いのほかに、後に述べられる彼女の言動からして、考え方がふるい・頑迷など否定的意味をも含んだ言葉(ダブル・ミーニング)であるように思われる。
事ある時:更衣にとって人生の大事とは
何か大事なことがあった場合。宮中の諸儀式という公的な場以外で、具体的に一番大事なことは、帝の子を宿すこと。「懐妊と里下がり/01-004」「心細再考/01-004」参照
ここがPoint / 文法用語の説明
分岐その2
「父の大納言は亡くなりて 母北の方なむいにしへの人のよしあるにて…」
父に関する叙述はあっさり消えるが、母に対しては延々とつづく。長い対表現による分岐の開始。読みの心構えは、「亡くなりて」とあるが、その結果どうだというのか、それを探りながら読み進めることになる。「とりたててはかばかしき後見しなければ 事ある時はなほ拠り所なく心細げなり」(娘には立派な後見がなくて心細かった)とあり、その前、母はがんばったけれどの部分が分岐となる。
附録:耳からの情報処理(語りの対象 & 構造型)
語りの対象:父の大納言/母北の方(桐壺更衣の母)/御方がた/後見/桐壺更衣
《父の大納言は亡くなりて》A
父の大納言はお亡くなりの中、
《母北の方なむ・いにしへの人のよしあるにて》B・C
母は家柄の古い教養豊かなお方で、
《親うち具しさしあたりて世のおぼえはなやかなる御方がたにもいたう劣らず なにごとの儀式をももてなしたまひけれど》 D
二親そろった当節評判で勢い盛な女御方にもさほど見劣りすることなく、宮中の諸行事をもまかなっておいででしたが、
《とりたててはかばかしき後見しなければ》E
娘には取り立てて力のある後ろ盾はなかったので、
《事ある時はなほ拠り所なく心細げなり》F
人生の大事が訪れた時にはやはり頼みとするあてはなく心細い様子でした。
分岐型:A<(B<C+D<)E<F:A<E<F、B<C+D<E
A<B:AはBに係る Bの情報量はAとBの合算〈情報伝達の不可逆性〉
※係り受けは主述関係を含む
〈直列型〉<:直進 #:倒置 〈分岐型〉( ):迂回 +:並列
〈中断型〉φ:独立文 [ ]:挿入 |:中止法
〈反復型〉~AX:Aの置換X A[,B]:Aの同格B 〈分配型〉A<B|*A<C ※直列型以外は複数登録、直列型は単独使用